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2006.06.29

実名を明らかにすることの意義

高知県の公共電子掲示板「ぷらっとこうち」では、匿名(ニックネーム)で意見を述べあう方が多くいますし、匿名の方から実名を名乗っている私どもは時々誹謗中傷を受けたりします。なぜ、その方達は匿名を使いたがるのでしょうか。

実名を明らかにすることの意義を、講演の意見発表から考えてみたいとも思います。

私は、昨日高知市の若者就職応援セミナーで社会人のゲスト講師として招かれ、自分の体験談を交えた講演をしてまいりました。

平成16年の第1回目から毎年続けて呼ばれて、今年で3回目になっています。
就職状況が厳しい中、若者たち受講生は真剣に取り組み、懸命に努力をされています。

私の講話のあと、質疑応答の時間を設けていただきました。
グループワークで講義の内容をもとに受講生同士意見を交換しあった後に、各受講生から何人も手があがって、私は数々の質問を受けました。
その時には受講生の皆さんははご自身の氏名をきちんと名乗り、自分の意見や質問を堂々と発表されていました。
時間の関係で全ての方の質疑に対応できなかったのですが、まず意見交換を行う前には自分の名前を明らかにすること、これは社会人の常識であり、教育研修機関もビジネスマナーとして教えられています。

「ぷらっとこうちに参加なされている皆さんは、社会人として立派に職業を得られてご活躍されている方々が殆どでしょうから、ご自身の本名ぐらいはせめてお名乗りになって意見を述べあうのは当然ではないでしょうか。

恥ずかしいとか、気後れされるから、名前を名乗りたくない、というのは一種の甘えか、それともご自身を隠したい意図があるからではないでしょうか。

昨日の受講生で真剣に私の話を聞いてくれていた若い男性が、大勢の受講生仲間に注目されながらも、けっして流ちょうではなかったけれども、時々つまりながらもご自分の意見や質問内容を立派に発表されていました。
彼はこのセミナーを契機に一歩前に踏み出そうと努力されているのが、よくわかりました。

そういう真摯な気持ちは必ず伝わってきて、議論もより密度が高くなると思います。

もちろん時には座をくずすことは必要ですが、少なくても公の場にあっては、昨日の受講生のように堂々とされ、ご自身をまず明らかにして発表しているのは、見ていても大変清々しいものだと感じました。

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