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2005.10.07

「キャリアカウンセリングと私の仕事」

  高知南ロータリークラブの卓話で「キャリアカウンセリングと私の仕事」というテーマでミニ講演をさせていただいたことを報告させていただきましたが、このほどその時の記録が届きましたので以下に載せてみます。私自身の考え方や生き方がわかっていただければ幸いです。

   皆さん、こんにちは。新入会員の竹内です。入会して約半年、ようやく皆様方のお顔や、お名前が分かってきました。皆さんにとって、キャリアカウンセリングという言葉は聞き慣れない言葉だと思います。私自身、この世界に入って数年ですが、日本でもようやく定着しはじめ、今後、キャリアカウンセラーあるいはキャリアコンサルタントを5万人に増やしていこうという段階です。

キャリアには狭義と広義の意味があり、狭義では、職業、職位、履歴、進路といった意味で使われますし、中央の官僚に対しても使われることがあります。広義では、生涯を通じて高められる個人の職務、能力、生き方、あるいはその人の職業人生全般を言うこともあります。単に求人があったからその職業に就くということではなくて、自分は一体どこからきて、どのように考えて、どういう方向に進みながら、自分はどういう良さを高めていくのかといった所まで広く考える意味もあります。

私達キャリアカウンセラーは、その人の人生、生まれて今まで歩んできた生き方にまで踏み込んで、人の話を聞き、相談相手になります。では、私達が何でもできるのかというとそうではなくて、やはり主体はその個人の方です。その人が、私達との面談を通じて、自分で気づかなかった部分、思いつかなかった部分を徐々に明らかにしていって、自分で進んで行動をするように働きかけていくのが私達の役割です。
あくまでも私達がリーダーシップを握るのではなく、マラソンの帆走者のように、励ましたりヒントを与えたり、援助をしていく立場です。

3,4年前、須崎の大企業系列の工場で大量の失業者が出ました。その方達の再就職支援をしたのがきっかで、私はキャリアカウンセラーの仕事をするようになりました。
当時は、地元で高校を卒業して、大企業の系列の会社に入って何とかやっていけば、大体が定年までいける時代でした。ところが突然、景気の低迷等のために工場が閉鎖されてしまいました。ブルーカラーの方がほとんどでしたから、すぐに他に通用し得る能力も持っていないし、今までそんな事を考えたこともなかった。幸いにも会社の方に、比較的大きな基盤がありましたので、再就職支援という体制を取って、私達専門家が委託されて月に1、2回程度カウンセリングをして、適性や職務経歴等を調べたり、履歴書などの応募書類の点検や面接の訓練などをして、従業員の方の再就職支援のフォローアップまでを行いました。

その仕事が終わった時、私自身がこのままでは終わりたくない、地域の中で自分がやれる事をやりたいと思うようになり、こういった分野では高知県下で初めてのNPO法人を作りました。同じ資格を持った仲間に呼びかけて、ボランティアで街頭での相談などをしていく中で、昨年5月末に高知県で若者就職支援センター、ジョブカフェこうちができました。
そこに私達は相談業務として委託され、私はセンター長として関わってきました。オープンした昨年はお陰様で順調な滑り出しで、毎日40~50名の来場者があり、12月には来場者1万人達成イベントを行いました。
けれども、私は本来キャリアカウンセラーとして、若年者や県下各地に出向いて相談を受ける。つまり現場での仕事がしたかったわけで、センター長のような役職は苦手でした。そこで、今年4月にセンター長を退き、ジョブカフェではカウンセラーとしてのみ関わっています。

今月、高知労働局で初めて、県下のハローワークの職員を対象にキャリアカウンセリング研修が行われました。従来、窓口で紹介業務や就職相談の対応をしている職員に、これからはキャリアカウンセリングの能力を付けさそうということで、国がこの事業を始めました。私もその研修の企画、運営、講師までを担当させて頂いていますが、その中で感銘する事は、ハローワークの職員さんは、現実的にいろんなジレンマを感じている事があるようで、私が考えていたよりずっと意欲的であり、高いスキルとのみこみ能力が優れていて、残り4回の研修が非常に楽しみです。

私自身は、家庭環境の関係もあって工業高校を卒業していますので、そのまま工業系の大学あるいは就職をするのが本来順路でしたが、途中で、何かおかしいと思うようになりました。テストの点は取れるけれど、本当は自分には向いてないんじゃないかと思って、浪人をして文科系の大学に行きました。

何で今更そんな道を行くのかと随分言われました。大学を出て就職をする時も、特に仕事の事、職業の事は考えないまま、入れる所に行ければいいぐらいにしか思って電子事務機器の会社で営業の仕事に就きました。
ここでも、何かまずいかなと感じ始めて商工団体の職員に転職しました。

その仕事は、元来凝り性の私の性格に割合向いていましたので、20年勤めて辞めました。以前から、どこかで自分自身が独立するような手がかりを講じていたように思います。
今開業してやっと5年で、まだまだ事業は順調ではありません。
私自身のキャリアそのものが曲がりくねったものですので、最初から計画してやっていく事は賛同できない部分があります。
仕事というのは、最初から全てが分かるわけではなく、何かをやり始める、仕掛け始めて、自分自身の生き方ややりがいを求めていくのが本来だろうと思います。
どちらかと言うと、自分の意思よりは、偶然的に出会う確率の方が高いのではないかと、私は思います。
アメリカの心理学者クランボルツが数年前から提唱していますが、キャリアというのは偶然的に訪れる。その中で、いかにしてチャンスを捕らえて、全力で獲得して行動することが一番大事である。思えば、私自身のキャリアもそうかなと感じますが、しかし、その理論の裏には、ある程度の自分の行動の積み重ねが必ずあります。
自分で気づかなくても、チャンスを引き入れるような行い、努力の積み重ねが、自分で自分のチャンスを引き入れていく、キャリアものにしていくという考え方が、理論の背景にある。
この考え方が、つまり私がキャリアカウンセリングを行う一つのベースになっています。

若い方から相談を受ける中で、最近はニート問題があります。これはその本人だけではなくて家族の問題でもあります。親が全てを決めてしまったらいけない。
子どもは子ども自身の意思もあるし、考え方もある。
親が余りでしゃばり過ぎると、それがうまく行かなかった時に、子どもは自分がどうしていいのか分からなくなります。自分でした事であれば、自分でも納得できるし悔いは残らないと思います。私が相談活動を通じて、一番気になるのは親御さんの対応の部分です。そんな中で、この仕事のやりがいは、やはり相談を受けた方の就職が決まった、あるいは願いが叶った。その時の笑顔だと思います。それが私の喜びになり、支えになっています。

私もまだまだ発展途上で勉強もしなければいけませんが、今、私は「人生負けてたまるか」 をキャッチフレーズに、困難があっても自分自身に負けてはいけない。自分の人生ですから、自分に負けてはいけないと考え、微力ながら頑張っていこうと思っています。

(この講演録は17年9月29日に高知南ロータリークラブ第2282回例会の会員スピーチで話したものです。)

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はじめまして。
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よろしくお願い申し上げます。

投稿: 【人材バンクネット】編集部 | 2005.10.18 11:26

こんばんは!伊与田です。
ミニ講演記録じっくり読ませていただきました。
竹内さん自身がいろいろ紆余曲折のキャリアを積んできたことがよくわかりました。ジョブカフェこうちのセンター長は、もう辞めているのですね。知りませんでした。
今後もご自身の思う方向へ進んでいってもらいたいと思います。

投稿: 伊与田 | 2005.10.13 19:00

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